東京地方裁判所 平成9年(ワ)4174号 判決 1997年9月10日
原告 X1
原告 X2
右原告両名訴訟代理人弁護士 池田桂一
被告 西武信用金庫
右代表者代表理事 A
右訴訟代理人弁護士 谷修
同 小原真一
同 大﨑峰之
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、金五一五万三七七六円及び内金四五二万三七七六円に対する平成九年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告らは、被告の振込送金事務が遅れたために株式買取りのための資金の送金が遅れ、株式の買入れとその売渡しができなかったので、買入代金と売渡代金との差額金に相当する損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為を理由に、その差額金四五二万三七七六円、弁護士費用六三万円の合計五一五万三七七六円及び差額金四五二万三七七六円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
二 争いのない事実
1 被告は、預金又は定期積金の受入、為替取引等の業務並びに同業務に付随して、国、地方公共団体、会社等の金銭の収納その他金銭に係る事務の取扱等を業とする信用金庫である。
2 平成九年一月二二日午後二時三〇分ころ、被告の新大久保支店(以下「新大久保支店」という。)において、女性客(以下「本件女性客」という。)が、原告X1の名義で、幸福銀行東京支店の原告X2名義の口座宛に電信扱いで三〇〇万円の振込送金を依頼し(以下「本件送金依頼」という。)、手数料七二一円を支払った。
3 新大久保支店は、本件送金依頼に基づく振込送金事務の履行を受諾し、手数料を受領したが、新大久保支店の窓口職員は、「受付時間が午後二時三〇分であり、閉店間際なので翌日扱いにさせて欲しい」旨述べ、本件女性客はこれを了承した。
4 本件送金依頼に基づいて送金された金員が原告X2名義の口座に入金されたのは、平成九年一月二三日午後二時三〇分ころであった。
三 争点
(原告らの主張)
1 原告両名は、友人であり、原告X2は株取引に精通している者であるところ、平成九年一月二〇日ころ、大証第一部兼松日産農林株(以下「本件株式」という。)が急騰するとの情報を得た。そして、同株を安値の時買い入れ、高値の時期を見て、短期間に売り抜けば、確実に儲かるとの確信を得た。そこで、原告X2は、同株を二万株買い入れる予定を立て、契約申込金として一三〇〇万円を用意することとした。平成九年一月二二日午後一時一五分現在の同株の株価は一九二〇円であり、同株二万株を買い入れるためには三九〇〇万円を要するが、株取引に当たっては、契約申込金を払い込めば、申込金の三倍の額の株式を信用取引できるからである。
2 原告X2は、自己資金として一〇〇〇万円を用意したが、残額三〇〇万円の調達がつかなかった。そこで、原告X2は原告X1に事情を話し、絶対に大丈夫だからといって三〇〇万円の振込を依頼した。原告X1は、同人の妻である本件女性客を代理人として新大久保支店の窓口に行かせ、本件送金依頼をした。
3 本件送金依頼の際、新大久保支店の窓口職員は、本件女性客に対し、「翌日一番に送金する」と約束した。被告がこの約束を履行していれば、本件送金依頼に基づく送金は、遅くとも平成九年一月二三日一〇時三〇分までには原告X2口座に入金されていたはずである。
4 本件株式は、平成九年一月二二日午後一九二〇円であり、午後の引け値は一九七〇円、一月二三日午前一九九〇円、同日午後一時一五分二一九〇円、午後の引け値は二二七〇円と原告らの予測どおり値上がりを続けた。そこで、被告が本件送金手続を過失なく完了していれば、原告らは、一三〇〇万円を契約申込金として、一月二三日午前中に一九九〇円の株式を二万株買い入れし、同日午後の引け値である二二七〇円で売り抜くことができ、右売買により、原告らは諸経費を支払った残額四五二万三七七六円の利益を得ることができたはずである。
5 ところが、被告は、「翌日一番に送金する」という約束に反して、送金手続をとることなく放置し、一月二三日午後一時ころ、送金のないことに不審を抱いた原告X1の指摘により、ようやく送金事務をとったが、同金員が原告X2の口座に入金したのは一月二三日午後二時三〇分ころであり、原告X2が本件株式二万株を買い入れ、売り抜くことは不可能となり、原告らは、四五二万三七七六円の利益を得ることができず、同額の損害を被った。
6 被告の送金の遅滞は、被告の送金事務担当者の過失に基づくものであり、被告は、債務不履行又は民法七一五条の使用者責任により、原告らの損害を賠償すべき責任がある。
(被告の主張)
1 「翌日一番に送金する」旨の約束があったことは否認する。本件送金依頼に基づく送金の経過は、別紙のとおりであり、送金事務が通常より数時間遅れた事実はあるものの、一月二三日午後二時三〇分までに電信扱いで送金事務を完了している以上、被告には何らの履行遅滞もない。
2 原告らの主張中、本件株式の買入計画については不知。債務不履行、不法行為の成立及び損害については争う。
原告らは、被告の送金事務が遅れた結果、原告らの計画していた株式投機が不能となって得べかりし値上がり益を得られなかったと主張している。しかし、原告らが当時その主張どおりの計画を有していたかどうか、本件株式の株価が確実に値上がりするものかどうかそもそも不明であり、仮に原告らがそのような計画を有していたとしても、原告らは当時、本件株式二万株に投資するという計画を有していたに過ぎず、株式買入の契約も売渡の契約も結んでいなかったものと考えられる。したがって、本件株式が結果として原告らの主張するとおり一九九〇円から二二七〇円に値上がりしたとしても、その差額が当然に原告らの得べかりし利益となるものではない。
また、仮に原告らが本件送金依頼にかかる三〇〇万円を株式投機資金の一部に充当する計画であったとしても、そのことは民法四一六条二項にいう「特別の事情」に該当するというべきところ、新大久保支店は、通常の業務として本件女性客から原告X1名義で電信扱いの振込送金を依頼されたにすぎないのであって、原告ら側から投機資金の一部に充当する旨の説明などはまったくなされておらず、一月二三日当時の被告にとって右「特別の事情」は何ら予見し得るものではなかった。したがって、被告の送金事務の遅れによって原告らの株式投機が不能となったとしても、その損害について、被告は賠償責任を負わない。
第三争点についての判断
一 本件送金依頼に基づく送金事務が、被告職員のコンピュータの入力ミスで遅れ、本来であれば、どんなに遅くとも正午には入金できていたはずのものが、午後二時三〇分ころの入金になり、それも、本件女性客からの入金確認の電話によって、初めて入力ミスに気付いた結果、送金されたものであることは被告の自認するところである。
二 しかし、本件女性客が新大久保支店の窓口職員に、本件送金依頼にかかる三〇〇万円が株式投機の資金であり、一月二三日の午前中に原告X2の口座に入金できなければ送金の目的を達しないことを告げたわけではないことは、弁論の全趣旨により明らかである。
また、一般に、金融機関が本件のような送金業務を行う場合、送金目的は金融機関に明らかにされず、その送金手数料の額(本件では七二一円)から考えても、本件で原告らが主張するような損害が発生する場合に、これを担保することまで約束して金融機関が送金の受諾をするとは考えられない。
したがって、被告が主張するように、原告ら主張の損害は、民法四一六条二項の特別損害であり、被告は本件送金の趣旨を知らなかったのであるから、これを賠償する責任を負わないものというべきである(不法行為についても、民法四一六条二項が類推適用されるし、そもそも送金の遅れと原告ら主張の損害との間に相当因果関係を認められない)。
「翌日一番に送金する」旨の約束の存在については、甲三号証にはその旨の記載があるが、乙一号証の記載に照らしてにわかに信用できないし、仮にそのようなことを新大久保支店の窓口職員が言ったとしても、原告ら主張の損害が特別損害であることに変わりなく、前記結論を左右しない。
三 よって、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)
<以下省略>